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出張撮影@横浜|女性カメラマンによるナチュラルポートレート

七五三撮影、プロフィール写真などのナチュラルフォトはしいれいphotoまで

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竜巻被害に遭ったらやること。

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各地で竜巻が起きています。

竜巻の後。
まず片付けする気持ちをぐっとこらえて、すること。

「写真撮影」です。

これは、保険や賠償金の請求時に役に立ちます。


私も今年の豪雨で被害に遭った時に
母に「写真撮って」と言われて、
はっと気づき撮った経緯があります。

フォトグラファーである私でさえも
写真のことなんてぶっ飛んでしまうくらい、
天災というものは衝撃的です。

被害に遭った時に写真なんて・・・
と思いますが、これが後にどれだけ助けになるかわかりません。

既に被害に遭われた方、まだ写真を撮っていない方は
今からでも撮っておいてください。

竜巻


被害状況写真の撮り方

・360度、満遍なく撮る。
・スマホなどの携帯写真でOK
・高額商品などはアップの画像も撮る。被害の部分+型番などが分かるように。
・家の外観も撮る


今日の「ひるおび」を参考にまとめました*^.^*

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豪雨「ボランティアが足りない」

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「ボランティアが足りない」と聞くと、家に居るのが申し訳なく
そわそわしてしまう感じなのですが、
鉄道写真家の広田泉氏は、初動から既に現地入りしている様子です。

広田泉
鉄道写真家 広田泉氏。2011年9月 南三陸にて


私も過去に豪雨ボランティアで泥のかき出しなどをやりましたが
それは、自己満足なのかもしれませんが、
達成感というのか、感動的というのか、何ともいえない
現地の人たちとの交流があります。

土砂にまみれた家財を、ひたすら運んだり、洗ったり、泥をかき出したり。。。
被害に遭われた方との交流がぐっと胸にせまります。
そして、また無心になって作業をする。。。
泥まみれだけど、本当にステキな夏!でした。

✿ 2年前の今頃。会津の豪雨ボランティアをしたときのことを書いています。
ボランティアレポート

 

ぜひ、みなさまも。
はじめてなのに、一人で行くのは不安・・・というのも そのお気持ち、よーく分かります。
でも、段々民間支援のノウハウが確立しつつあるようで、
現地ボランティアセンターの人たちは、すごくいい雰囲気のようです。

雫石社会福祉協議会 ボランティア募集

豪雨浸水1078戸 住宅12戸損壊
2013年8月13日 読売新聞 岩手
県央地域を襲った9日の豪雨は、住宅12戸の全半壊(一部損壊含む)や1078戸の浸水など被害状況が明らかになりつつあるが、全容の確認にはなお時間がかかりそうだ。盛岡市など3市町は、復旧作業のボランティアを募集している。
県災害対策本部の12日午後3時現在のまとめなどによると、住宅は全壊3戸(盛岡市2、雫石町1)、半壊や一部損壊9戸(雫石町6、盛岡市2、滝沢村1)。床上浸水は270戸(紫波町110、矢巾町91、雫石町47、盛岡市16、花巻市6)、床下浸水は8市町村808戸に上った。
避難勧告が盛岡、花巻、矢巾、紫波4市町の1580世帯3352人(人数調査中の矢巾町は除く)に発令され、7市町村の約600人は自主避難した。盛岡市と雫石町の9人は自主避難を続けている。
雫石町など3町の82戸で断水し、うち1戸が未復旧。盛岡市など5市町では最大4108戸が停電し、同市の一部14戸は安全が確認できていないとして東北電力が送電を見合わせている。
水田や畑の冠水は花巻市など10市町の858ヘクタールに及び、農地ののり面崩壊や土砂流入も394か所を数えた。道路では、国道46号をはじめ16路線21か所が一時通行止めとなり、県道盛岡鶯宿温泉線など4路線6か所で継続中だ。
JR東日本盛岡支社や県内の鉄道各社によると、12日までの4日間の運休は7路線373本で、影響人員は少なくとも5万4000人。JR花輪線は13日から一部区間で運転再開するが、秋田県内の鹿角花輪―大館駅間は再開の見込みは立っていない。
秋田新幹線は12日から運転再開、盛岡駅は朝から帰省客や通勤客で混雑した。始発に乗り込んだ秋田市の会社員中島沙耶さん(23)は「今から会社ですが、始業時間には間に合いそうにありません」と苦笑いだった。
一方、盛岡市の谷藤裕明市長と雫石、紫波、矢巾の3町長は12日、県庁を訪れ、激甚災害指定や特別交付税による財政支援を国に働きかけるよう求める緊急要望書を達増知事に手渡した。雫石町の深谷政光町長は「3日間かけても、まだ(被害状況が)分からない」と訴え、知事は「市町村、県、国が一体となり、被災者に寄り添いながら復旧を進めていく」と応じた。
◇ボランティア「足りない」
床上浸水した雫石町上野の民家では12日午後、千葉県からキャンピングカーで駆けつけた写真家広田泉さん(44)ら7人が泥だらけになった室内の清掃に汗を流した。盛岡、雫石、矢巾3市町はボランティアセンターを設置して働き手を募っているが、雫石町では29件の作業要請に対し、登録は21人。広田さんは「まだまだ人が足りない」と幅広い参加を呼びかけた。
ボランティアセンターは、盛岡市(019・689・3711)、雫石町(019・692・2230)、矢巾町(019・611・2840)。
(2013年8月13日 読売新聞)

ワカメと羊=復興@南三陸

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以前ボランティアで訪れた場所、南三陸の仲間ががんばっています!

ワカメと羊。

もしかして、これは強力なマッチングなのかも~。

すごいな。メンバーの力って。
うなってしまったよ。

ミネラル豊富な飼料「ウメェ~」 南三陸ワカメ ヒツジ育てる

2013年6月24日 東京新聞 夕刊

 川崎市の社団法人が発案して、宮城県南三陸町のワカメを混ぜた飼料でヒツジを育てる取り組みが始まった。ワカメの豊富なミネラル分がヒツジを丈夫にし、肉をおいしくするという。東日本大震災の復興途上にある町の名産にと夢が膨らむ。 (栗原淳)
 「ヒツジは塩分が好きらしく、飼料の中からワカメを探して食べていますよ」。発案した一般社団法人「さとうみファーム」代表理事の金藤克也さん(47)=川崎市宮前区=は、手応え十分といった顔だ。
 収穫量が約千九百トン(二〇〇七年)と、宮城県で最もワカメが採れる南三陸町。金藤さんは震災後、町でボランティアに参加する中で、売り出さずに捨てるワカメの芯が、活動拠点の寄木地区だけで年百トンに上ることを知った。
 震災の津波で、町のワカメ養殖設備は流され、水揚げは一時ほぼゼロに。収穫量は今年ようやく震災前に戻った。金藤さんは、塩分など天然ミネラルを多く含む草で育つオーストラリアのヒツジの肉は、高級ラムになるという話を仲間から聞き、芯の活用を思いついた。
 ワカメ漁師の協力を得てワカメの芯一トンを収集。天日干しで乾燥させた芯を五ミリ角程度に切り10%混ぜた特製飼料を製造した。六月から宮城県大郷町の牧場で一歳三カ月のヒツジ二匹に与える飼育実験をスタートさせた。
 科学技術振興機構が補助金を出し、被災地復興を支援する研究にも採択された。研究代表で、飼料作りや投与法をアドバイスする宮城大の大竹秀男教授(草地学)は「豊富なミネラルと、健康に良いとされるぬめり成分が相乗的に働き、肉質を高めると期待している」と話す。
 研究では、採血して免疫力を調べ、肉の試食や検査でミネラル分がどの程度移るかなどをチェックする。ワカメで育てたヒツジを科学的に調べつつ、商品化する例は過去にないという。
 八月からは、今春生まれたヒツジ十三匹に、ワカメを乾燥させずに細断した飼料を与え、年内に「南三(なんさん)ラム」として初出荷する予定だ。金藤さんのところには既に、東京都内の羊料理専門店などから引き合いが来ており、「国内産ラムの希少価値に加え、南三陸ワカメの知名度も生かし、ブランド化できれば」と意気込む。
 ビジネスが軌道に乗れば、ワカメの芯を「有償で引き取りたい」と金藤さん。将来、町内に観光牧場も開設したいと話し、「新しい事業と雇用を生み出し、自立復興の一助に」と力を込める。
 スポンサー企業を募集中。詳しくはホームページ=http://satoumifarm.org。問い合わせは金藤さん=電090(8603)0327=へ。


ひまわり
2011/9/3 南三陸のひまわり畑にて

さとうみファーム進行中!

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以前、『南三陸町の子ども達のために』という日記を書いて
私もささやかながら寄付金の呼びかけをさせていただきました。
みなさまの温かいご支援の結果、目標金額の80万円を大幅に超え、約130万円の寄付金が集まったそうです。

今、着々と進行中のさとうみファーム。
先日、朝日新聞の記事に掲載されていました。

仮設の子たちに遊び場の贈り物
朝日新聞 2013年04月09日

さとうみファーム

校庭に仮設住宅が建ち、遊び場がない子どもたちのためにと、
川崎市宮前区の内装業金藤克也さん(47)らが宮城県南三陸町に広場をつくる計画を進めている。
雨の日も遊べるように、広場にはプレハブ小屋も建てる予定だ。
 金藤さんは震災直後の2011年4月から30回以上、同町にボランティアに通ってきた。
最初は1人で、今は趣味のロッククライミングやミクシィを通じて知り合った仲間約30人とともに、
支援を続ける。
 昨年6月には、町中心部から離れ、復興も遅れがちな歌津地区に支援の拠点となる
社団法人「さとうみファーム」を設立。
ワカメの養殖の手伝いや、子ども向けのシーカヤック体験などを続けるうち
「子どもを遊ばせる場所がない」という声を聞いた。
地区では、小学校も中学校も校庭に仮設住宅が並び、駐車場ぐらいしか遊び場がない。
車で40分~1時間かかる広場まで子どもを連れ出して遊ばせている、という母親もいた。
 そこで、津波で流された住宅地の跡地など約240坪を借り、
滑り台やブランコを設置して広場をつくることにした。
5月に整地を始め、7月には工事が終わる予定だ。「狭い仮設住宅では、
雨の日も遊びにくい」とプレハブ小屋もつくる。
 花壇の設置や石拾い、小屋の建設など簡単な作業はボランティアが担う。
整備費約250万円のうち、すでに約130万円分の寄付が集まった。
震災前まで南三陸町を訪れたことがなかったという金藤さん。
「つきあいが深まるごとに、放っておけなくなった。
いずれは移住して、雇用につながる活動を続けたい」と話す。
 金藤さんらはともに活動する仲間と寄付を募っている。
問い合わせは金藤さん(090・8603・0327)へ。(鹿野幹男)




下記、 2011年9月の南三陸 歌津地区で撮影したスナップ写真です。


『いやしの森』の看板を抜けると・・・
そこは、一面のひまわり畑でした。

さとうみプロジェクト


ひまわりの妖精を見つけました。

さとうみプロジェクト


さとうみファーム代表 金藤氏とボランティアメンバー。
バーベキューを地元の人にふるまいました。

さとうみプロジェクト


オトナの方が、楽しんじゃいました。
さとうみプロジェクト


この週末もメンバーはメカブ削ぎのお手伝いとワカメ干しなど
元気に活動を続けています!!


その他のボランティア記事&写真はこちら≫です。

風化。

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東日本大震災から2年。
TV番組で「災害が風化されている」現状と
風化させないためにはどうすればいいか
という内容のことを放映していた。

確かに、風化させちゃいけない。

でも。

私は逆のことを祈ってる。

被災地の人たちへ。
どうか記憶を風化させてください。
その記憶の痛みがどうか、ごっそりと
消えてなくなりますように。。。

って。


がれきが日常にあると、
意識しないまでも
魂の奥の奥で、あの記憶がオリのように
積み重なってしまうから。


南三陸
ボランティア仲間と、被災地へ行った時のこと。・・・言葉が出なかった。



どうか。被災地の方たちだけは
あの日の記憶がなくなりますように。


そのためには、少しでも明るい兆しのある場所をつくることが必要。

子ども達に遊び場を!
と、立ち上がったのは有志ボランティア。

私はまだ一度しか参加していないけれど
みんなは定期的に、都内などから南三陸へ通って活動をつづけています。

南三陸


そんな仲間の活動が先日、新聞に載りました。

川崎の社団法人が南三陸町で子どもの広場整備計画/神奈川

神奈川新聞 2013年3月12日

子どもたちが自由に走り回れる遊び場を-。
川崎市宮前区に事務局を置く一般社団法人・さとうみファーム(金藤克也代表)が、
東日本大震災で甚大な津波被害を受けた宮城県南三陸町で広場を整備する計画を立てている。
子どもたちの笑顔を引き寄せる遊び場から、地域全体の再生を目指そうという試みだ。
同町へ足を運び続けるメンバーは、整備の実現に向けて広く支援金を募っている。 

 支援の始まりは、震災後に南三陸町などでボランティアをしていた個々人が集まり2011年9月に結成した「さとうみプロジェクト」。
息の長い活動をしようと、12年6月に同法人も立ち上げた。

 神奈川や都内在住の約30人が所属し、夏祭りやシーカヤック体験といったイベントを現地で企画したり、漁師や商店街の作業を手伝ったりしながら、地域との関係を築いてきた。

 南三陸町への訪問を重ねる中で、保育士の浅沼裕美さん=川崎市多摩区=は、ずっと気になっていることがあった。外で子どもたちの姿を見かけることがほとんどなかったのだ。

 地元の保護者らに理由を尋ねると、公園や広場は津波で流され、遊べる場所は仮設住宅の駐車場や家の中に限られていることを知った。仮設住宅では車の出入りがあり危険な上、住民に迷惑を掛けまいと、子どもたちが伸び伸びと走り回れない現状があるという。

 「子どもたちは遊びを通して人との関わり方を学び、心のバランスを保っていく」。
保育士として10年以上子どもと関わってきた経験から、浅沼さんはそう実感する。

 被災地の子どもたちを取り巻く環境の改善の必要性を痛感する中で、1年ほど前に遊び場整備の計画が持ち上がった。

 地元の観光協会などの協力を得ながら、仮設商店街近くにある約660平方メートルの土地を借りた。
夏休みを迎える7月のオープンを目指し、柵や花壇、手作りの遊具などを設置していく予定だ。

 約250万円を要する整備費用は、インターネットで支援者を募る「クラウドファンディング」のサイトを通じて支援を呼び掛け、11日現在、95万円近くが集まっている。

 浅沼さんは「支援が多ければ多いほど、遊具の数などを充実させることができる」。
金藤代表=同市宮前区=も「子どもが笑顔になれば大人も地域も元気になる」と、多くの協力を求めている。

 支援希望者は同サイトhttps://readyfor.jp/projects/minamisanriku-kodomonoasobiba へ。

問い合わせは、同法人電話090(8603)0327。

南三陸


「クラウドファンディング READYFOR?」
南三陸町歌津地区に子ども達が笑顔で楽しめる遊び場を。


スポンサー募集終了まで あと4 日です。

目標金額 800,000 円ですが、目標を達成した後も、
募金は続けられていて

現在の達成金額 1,025,000 円です。

支援した人数 52人




事務局長の、浅沼さん。
さすが保母さん。赤ちゃんを抱く姿は、神を感じたよ~。

南三陸



キミの笑顔が、どんな大きな救いなのかって、知ってる?

南三陸


最後に追記。

被災地は、風化を。
そして、被災地ではない場所では決して風化をさせないように。

そのために、写真というツールがあるんだなと思う。

津波記念碑

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この写真を見ると、動悸がする。
1年半前の南三陸~志津川町にて。

南三陸 津波

私は直接被害を受けていないのに。
これだけの衝撃だ。

写真を撮ったはいいけれど。
それを見返すのがとてもとてもつらくて。
ずっと封印していたのでした。

でも、忘れたくても忘れちゃいけないものも
あるのだなと思う。


南三陸 津波


汽車の車体の下には、津波記念碑が。

南三陸 津波


昔の人が、将来の人たちのために
津波記念碑を造ったように。

私達も時代の生き証人として
語り伝えていかなければならないのかもしれない。


南三陸 津波


今は、がれきも撤去されていると聞きました。
少しずつ、少しずつ。

どうか、現地の人たちに光が届きますように。

今日の3.11という痛みのある日をかみしめながら
祈ります。


チリ地震津波記念碑

研究論文『津波碑は生き続けているか』

南三陸町の子ども達のために

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この建物に見覚えがある方は多いと思います。

南三陸町。

さとうみプロジェクト


こちらの地へ震災半年後の9月に炊き出しボランティアとして
参加させていただきました。

さとうみプロジェクト


そこにいたボランティアメンバーの威力はすごくて

さとうみプロジェクト


ひとつのプロジェクトから、
今では 【一般社団法人さとうみファーム】と、
法人化になったと聞いたときは驚きました。

宮城大学からの支援も受け『夢牧場』を築きつつあります。


津波から半年。
地盤沈下で水浸しだったり

異臭がまだしていたり。

世間で言われている復興とは程遠いものでした。




でもね。

絶望の中にも、希望の光をたくさん感じることができました。

さとうみプロジェクト


やっぱり、子供達は希望の光なんです。

さとうみプロジェクト


無条件に。

さとうみプロジェクト



子供の世界は「遊び」が大きなウエイトを占めています。

夢中になって、遊びの世界にのめりこんだら、
傷も次第に薄れていくのかもしれません。

さとうみプロジェクト


心の傷が、「遊び」によって、少しでも癒されたら・・・

さとうみプロジェクト


そんな思いを持った有志が集まり、こんな活動をしています。

どうか、見てくださいっ


南三陸町歌津地区に子ども達が笑顔で楽しめる遊び場を。



さとうみプロジェクト


問われてる。

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「写真家である前に 」

っていうタイトルで来られると、
グッとくるんだよね~。。。。

そんな広田氏のつぶやきに共感する人、多数。


鉄道写真家の広田泉氏、今度は九州でボランティア活動を
されています。

いつも快晴ときどき日記 「写真家である前に 」



そして、オープンジャパン

これは、旧石巻ボランティア支援ベース絆が、
すっかり立派な組織になったものです。

福島会津豪雨のボランティアでご一緒した時
彼らの組織力、実行力そして地元の人への気遣い
全てにシビレました。

彼らは継続的に全国の被災地を飛びまわっている
ヒーローだ。

【CPX2012】写真集の収益を寄付 贈呈式

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まただ、と思った。

「物」を見てるのに、「写真家」の感情が見えるという不思議・・・。




鉄道写真家 広田泉氏が2011年3月11日から見てきたもの。
震災発生直後から現在までの写真集大成をスライドショーとしてまとめたものを見た。

以前Silkypixの方より「このスライドショーは20分以上あるのに全く飽きない」
という言葉を聞いていた。

そんなことってあるのだろうか。20分ものスライドショーを飽きないことなんて。
と思っていた。


実際見てその写真の力のすごさに、圧倒された。
ひきずりこまれる。

目の前にあるのは「写真」なのにそれは風景とかそういう物体ではなくて
「感情」そのものだったから。

どうしようもない悲しみがあふれだしてきて、こちらに迫ってくる。

鉄道や、訪れていた土地に対する愛情、悲しみがごうごうと迫ってくる。
そしてその悲しみは、だんだんと復興の機動力へと変動していく様子。


IMG_7865_20120513021637.jpg


復興支援写真集「ここからはじまる」

この写真集は三陸鉄道とひたちなか海浜鉄道に寄付する目的で作れた。
収益の全てを寄付するというものだ。

以前も途中経過として広田氏より寄付金は渡されていた。
http://tetsudoshashin01.blog17.fc2.com/blog-entry-728.html

でも今回、ひたちなか海浜鉄道へ寄付する場面を実際に見ることができて
ちょっと感激してしまった。

1-IMG_0880_20120513020732.jpg


1-IMG_0898_20120513020729.jpg


広田氏はこの一年もの間、会津、石巻、南三陸、那智勝浦への支援活動をしている。
そして先日発生した茨城・栃木の竜巻災害へも
早々に動くという機動力には脱帽する。
http://tetsudoshashin01.blog17.fc2.com/blog-entry-2253.html
ボランティア体制が整う前が勝負だというのだ。



そんな熱い男、広田泉氏のツアーがこちら。
日本旅行より「広田 泉さんと行く 会津モリモリツアー」

こちらも、なんとか鉄道を盛り立てて行きたいという広田氏の思いがつまった企画だ。



おそらく、例のスライドショーも上映される・・・と思うので、
ぜひたくさんの人に見てほしい。。。


私の写真もこの中からいくつか出ています。
実際のボランティア活動の様子⇒☆


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以上、ひたちなか海浜鉄道の電車をまるまる貸し切って
トークショーをやってしまう企画CPXレポートのつづきでした。

CPX 過去のレポートを読む⇒☆

被災地で出会った天使。

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津波被害の爪痕が残る南三陸で、
出会った天使。

1-1-IMG_6932.jpg


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希望の花

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半年前の夏、宮城県南三陸町へ炊き出しボランティアへ行ったときのこと。

防災対策庁舎の近く・・・
瓦礫の隙間からひまわりが咲いていた。

とても力強く地域の人たちを見守っているように思えた。

himawari.jpg



今も、一緒に活動したさとうみプロジェクトは、南三陸へ行って活動中。頼もしい。

さとうみプロジェクト http://satoumiproject.jimdo.com/




劇団「快賊船」&さとうみプロジェクト写真展

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9月に南三陸へボランティアへ行ってきました。
ボランティアといっても、

炊き出しをしたり地元の方との交流をするというもので
こっちが楽しんでしまったので、

すみません orz と言う感じ。

そのボランティア活動は夏が終わっても続いていて、
今日は募金活動。

劇団「快賊船」の公演の場を借りて
募金活動をしようということでした。


私が撮った写真もパネルで表示してくれたみたい。

ありがとー。
★IMG_1579-1



私はホントに南三陸へ行ったものの、
なーんにもお役に立てなかったけれど
こうやって写真でちょっとでも力になれたとしたら
すっごくうれしいです。

驚いたのは

募金額が10万円越えたというのです!


さとうみプロジェクトの威力を知りました。

おそるべしだわ。

IMG_1575.jpg




劇団「快賊船」
こちらも、かぶりつきで大迫力。
大盛況でした。

IMG_1570.jpg
築地本願寺 築地ブディストホールにて


バンコク洪水ボランティア

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今年は洪水被害が世界中で起こっている。
ボランティア募集中です。


■第14回アイウンボランティア活動
【タイ・バンコク】

第14回 アイウン タイボランテイアは、「バンコク近郊の洪水被害地域」に
伺います。2011年12月中旬の週末を予定しています。

詳細は下記ホームページにて随時アップ。

http://www.thaivolunteer.com/

日程:2011年12月18日(日) 日帰り
場所:アユタヤの学校
    詳細は決まり次第掲載致します。
参加費用: 参加費用3000バーツ(9000円)
食事5回、飲み物、交通費、ボランティアTシャツ支給、交通保険含む
※タイ・バンコクまでの交通費は参加者各自でご負担ください。
※日本語のできるタイ人スタッフがスワンナプーム空港まで迎えに来ます。
●参加申込
ファックスまたはEメールで参加者の住所、氏名、年齢、職業、電話番号を書いて下記までお送りください。 タイボランティアセンター事務局から折り返しご連絡させていただきます。
FAX 03-5358-7896
E-mail info@waiwaithailand.jp
※詳細については変更される場合がございます。ご了承ください。
●応募締切 2011年11月30日(水)


■2010年10月8日 金曜日
今年の日程と場所が決まりましたのでお知らせいたします。
2010年アイウン説明書(日本語 -Japanese-)
2010年アイウン説明書(タイ語 -Thai-)
日程:2010年12月10日(金)~11日(土)
場所:バーンクローンセーラー学校
ウタイタニー県バーンライ市ゲンマックルー区ムー2番地
参加費用: 参加費用3000バーツ(9000円)
食事5回、飲み物、交通費、ボランティアTシャツ支給、交通保険含む
※タイ・バンコクまでの交通費は参加者各自でご負担ください。
※日本語のできるタイ人スタッフがスワンナプーム空港まで迎えに来ます。
●参加申込
ファックスまたはEメールで参加者の住所、氏名、年齢、職業、電話番号を書いて下記までお送りください。 タイボランティアセンター事務局から折り返しご連絡させていただきます。
FAX 03-5795-2248
E-mail info@waiwaithailand.jp
※詳細については変更される場合がございます。ご了承ください。
●応募締切 2010年11月30日(火)



【お問合せ】
株式会社ワイワイタイランド
電 話: 03-5358-7895
メール: info@waiwaithailand.jp
http://www.thaivolunteer.com/


佐用の70歳「手助けしたい」…那智勝浦でボランティア

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佐用の70歳「手助けしたい」…那智勝浦でボランティア
(2011年9月19日 読売新聞)

がれきを片付ける小林武さん(18日午後、和歌山県那智勝浦町市野々で)
 2009年8月、兵庫県佐用町の豪雨被害で孫ら3人を失った小林武さん(70)が18日、和歌山県那智勝浦町でボランティア活動を行った。

 小林さんの家族3人は避難中に濁流にのまれ、長男の妻佐登美さん(当時40歳)、孫の彩乃さん(同16歳)は死亡。文太君(同9歳)は行方不明になり、小林さんは100回以上周辺を捜したが見つからず、今年2月、失踪宣告が確定した。

 台風が上陸した3日、佐用町も大雨になった。小林さんは、土石流に襲われた那智勝浦町の様子をニュースで見て「同じように家族を失った人たちのために、自分にできることを」と、ボランティアに参加した。

 この日は仲間約20人と被災地へ。泥にまみれた街は、あの日の佐用町と重なり、がれきを撤去していると文太君を捜しているように感じた。小林さんは「水害は何もかも奪う。その喪失感を少しでも埋める手助けができれば」と話した。


 和歌山県内でボランティアセンターが設置されている田辺、新宮の両市や那智勝浦町などの6市町には18日、計1400人以上が入り、これまで最多だった11日(1214人)を上回った。東京都や宮崎県などから夜行バスなどを利用して参加した人もいたという。

「命ドゥ宝」

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那智勝浦町が県外のボランティアが受け入れになったというニュース。
やっと、動いた。
よかった。うれしい。
少しずつだけど、動いていることが実感できる。

トムさんのブログ「遂に 県外OPEN!」より。

トムさん、いいこと言った。
しびれた!

ボランティア的には せっかく遠方から来てくれたし、
少しでも活動を進めたいから 現場に入りたいけど。。。
今日は中止!やっぱり安全第一! 

ちょいと 「井関地区」「市野々地区」に顔出したら 
雨の中 お母さん達は雨を心配をして 一生懸命 家も周りの測候を掘っている。。。
やっぱり家が心配なんだ!! 
でも 避難しないといけない。 
2、3日帰れないかもしれない 
その時 少し綺麗にした家も周りも いったいどうなったいるかは 誰もわからない。 

「あんた~自分じゃないから 簡単に言えるよ~」と言われたら 
それもそうだと思うが 

でも 琉球人の俺は思う 

「命ドゥ宝」だ!? 

命があれば また 綺麗に出来る!! 
家も建てられる。
そして笑顔のある生活に戻れる。 いつかきっと。。。 
だから 僕らも 毎日毎日 泥をかき 家具を出す。 
未来の笑顔の為に




再度台風がやってきて、地元の人たちを苦しめています。
被災地へ、たくさんの支援の手がのびますように。

間に合わぬ避難指示“魔の30分”紀伊半島豪雨 深夜に氾濫
産経新聞 9月16日(金)13時34分配信
 台風12号の豪雨で大きな被害が出た和歌山県那智勝浦町井関地区(約230世帯460人)で、避難指示が出された時間帯に川が2カ所で相次いで氾濫し、住宅などが一気にのみ込まれたとみられることが、住民らの証言で判明した。上流で発生した土石流の岩や倒木が地区周辺で流れをせき止めたことが要因とみられ、被害はわずか30分ほどの間に集中。地区内の死者・行方不明は県全体の約3割に当たる計16人に上っており、町は川の監視強化などの再発防止策を講じる。

 井関地区で町から避難指示が出されたのは4日午前2時12分。複数の住民の証言で、被害は午前2時~2時半ごろに集中していた実態が浮かび上がる。

 突然の氾濫に、住民たちはなすすべもなかった。同2時半ごろ、玄関から外の様子を見ていた堀切久寛さん(71)宅の方向にも、近くの那智川から一気に濁流が押し寄せてきた。

 2階へ駆け上がり、窓から前の民家を見ると、60代の夫婦が必死でブロック塀にしがみついていた。水位は急激に上昇し、腰の高さまで来ている。「奥さーん! 奥さーん!」。堀切さんの叫び声は届かない。

 水位はさらに上がり、堀切さんが目を離した直後、2人の姿は消えていた。水が引いた家の跡には巨石が積み上がり、2人は3日後、約4キロ離れた海岸で遺体で発見された。「私の家に避難してもらっていたら…」。堀切さんは今も自分を責め続ける。

 ■急激な水位上昇

 今回の急激な氾濫は町内の那智川上流や支流の金山谷川で発生した大規模な土石流や倒木が地区周辺に押し寄せ、川を遮ったことが要因とみられる。

 町が避難指示を発令する前、通常先に出される避難勧告はなかった。「水位は急激に上がった。土石流の発生で想定外の事態になった」と担当者。避難指示は消防団員が氾濫を確認してから出されたといい、避難が間に合わず多くの住民が自宅に取り残されたとみられるほか、「避難しようとした人が濁流にのまれた」との証言もあり、地区には安全な場所がほとんどなかったことがうかがえる。

 ■監視強化を検討

 井関地区の避難所は、那智川から約50メートルの町立井関保育所だった。住民らはいったんここに避難したが、危険を感じ、さらに高台の小学校へ避難。保育所の平屋の建物はガラスが割れて無残な姿をさらしている。

 「もっと安全な避難所を早急に確保すべきだ。緊急時にはサイレンを鳴らすくらいでなくては」。井関地区区長の石井康夫さん(56)は指摘する。

 町は、那智川の水位監視を強化する方針を打ち出した。上流2カ所に新たに水量計を設置し、監視カメラ新設を検討している。「過去に土石流が発生するなどの被害は報告されていなかった」と寺本真一町長。「もっとどうにかならなかったのかという思いはある」と沈痛な表情で話した。



3次補正で台風12号復旧に3000億円検討
[2011年9月16日6時16分]
政府は15日、2011年度第3次補正予算案に、紀伊半島などに大きな被害をもたらした台風12号による豪雨災害の復旧費として、3000億円程度を計上する検討に入った。全体の予算規模は11兆3000億円程度とする方向で最終調整している。

 野田佳彦首相は、台風12号による災害復旧に関し、「応急的にやらなければいけないものは3次補正で対応することもある」と述べていた。

 台風12号以外では、東日本大震災からの復旧・復興費と円高対策に合計8兆5000億円程度、震災復旧に流用した年金財源の穴埋めに2兆5000億円、B型肝炎訴訟の和解費用に480億円をそれぞれ充てる方向だ。

 




東北から災害復旧ボランティア 那智勝浦町
(2011年09月17日更新 紀伊民放)
 台風12号で被害が集中した和歌山県那智勝浦町の井関地区で、東日本大震災を受けて宮城県石巻市で活動していた「石巻ボランティアベースキャンプ絆」のメンバーが拠点を置き、活動している。濁流にのまれた被災地での作業は津波被害の石巻と共通点も多く、メンバーは「地元にノウハウを伝えたい」と県民のボランティア参加を呼び掛けている。

 「絆」は震災直後から石巻市に駆け付けた全国のボランティアが自然に集まって結成。7月末に新潟、福島県を襲った集中豪雨でも被災地を支援した。今月5日に和歌山入りを決定。6日に井関の民家の一角を借りて仮事務所とし、約20人が活動している。

 メンバーで建設業の尾崎俊哉さん(42)=和歌山市=は「流木が民家に突き刺さり、基礎だけしか残っていない家もある。まるで石巻」と那智勝浦町を訪れて思った。

 「土石流は山津波。泥出しの作業は似ている。スコップの種類や使い方などノウハウが生かせる。ただヘドロより砂利が多くてスコップが入らないことも。より大変な面がある」と説明する。

 当面必要な作業は家屋の泥出しや清掃。「家をつぶすのか、住み続けるのか判断できる状況をつくる。町がきれいになれば一歩前に踏み出せる」と話す。

 作業に必要な道具は各ボランティアセンターが準備している。個人ではくぎを踏み抜かないための鉄板入り安全靴、熱中症対策の飲料水やあめを用意する。被災者の話にじっくり耳を傾けることも大事な役割という。

 尾崎さんは「災害ボランティアは最初の1カ月が重要。先行きが見えず、ニーズに応えるには人手がいる。被災地は都市部から遠く、一人でも多くの県民に参加してもらいたい。災害現場を見ることは自身の防災意識向上にもつながる」と呼び掛ける。

 「絆」の活動は地域に浸透。ボランティアの依頼は毎日、続々やってくる。支援を受ける那智勝浦町井関の汐崎光さん(74)は「被災時は住民間でもぎすぎすしがちなのに、気配りができていてすんなり受け入れられた。片付けの手順なども教わり、本当にありがたい」と喜んだ。

 「絆」は同町の災害ボランティアセンターと連携して、一般ボランティアの指揮も執っている。メンバーで整体師、肥田浩さん(45)=名古屋市=は「活動を通じ、一人一人、自立して動ける人材を育てたい。そこにまた人が集まる。横のつながりが大きな力になる。地元にそんなノウハウを伝えられれば」と期待している。


【一般のボランティアを指揮しながら作業する「絆」のメンバー(左)=和歌山県那智勝浦町井関で】

天災か人災か??豪雨分析

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新潟福島の洪水の時もそうだったけれど
今回の紀伊半島豪雨。事前になぜ放流しなかったのか
過去の事故になぜ学ばないのか

原発もそうだけれど、
ダムも本当に怖い。

福島豪雨の土砂災害は、人災の要素が高いためか(・・?)
大きく報じられませんでした。
今回の紀伊半島の土砂災害ももしかしたら人災なのかも・・・?
と疑いたくなるニュースです。

豪雨前にダム事前放流せず 台風12号対応に問題視(09/14 11:54)
台風12号で氾濫した熊野川の上流にあるダムが洪水に備えて事前に放流しなかったのは問題だとして、地元の市議会がダムを管理・運用する「Jパワー」に説明を求めています。

 今回の豪雨では、熊野川上流の池原ダムや風屋ダムでは洪水に備えた事前の放流をしていません。下流の小森ダムと二津野ダムが本格的な放流を始めたのは1日午後4時半、2日午前11時50分でした。
 一方、被害が出た和歌山県那智勝浦町と新宮市では、大雨注意報が1日午後1時50分、大雨・洪水警報は2日午前4時15分に出ていて、いずれも注意報、警報が出た後に本格的な放流が始まりました。地元の新宮市議会は、Jパワーに説明を求めています。Jパワーでは、「発電用ダムには洪水対策を目的に放流する具体的な決まりがない。水位が規定より下がっていたので事前放流しなかった」と説明しています。





会津のお父さん、お母さんの悲痛な叫びが聞こえてきそうです。
ちゃんと、検証ができますように。
そして、今後も起こりうる土砂災害に対して真剣に対策が講じられますように。

新潟・福島豪雨分析 検証チーム立ち上げ
2011.9.17 02:17産経新聞
 国土交通省は、甚大な被害をもたらした7月末の新潟・福島豪雨を検証する「新潟・福島豪雨水害現地検証チーム」を立ち上げ、22日に新潟市内で初会合を開く。

 検証チームは新潟大学教授など有識者9人で構成し、10月末まで検証作業を続ける。

 信濃川下流域を対象に、気象条件と災害時の出水状況などを分析し、治水効果を検証する。

 河川管理者による情報提供のあり方や、地域住民の水防活動・避難実績なども調査する。

 国交省は検証結果を踏まえ、県や市町村などを交えた検討会を開き、今後の治水対策を話し合う方針。

絆ボランティアチーム、新聞に

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ジョナサンさんのブログに広田泉さん、林さんの写真が載っていました。
http://ameblo.jp/saigai-vol-in-kiyosu/entry-11016267227.html

まるで津波被害 土石流に襲われた那智勝浦町 ルポ
(2011年09月12日更新 紀伊民放)

 台風12号により死者22人、行方不明者18人を出した和歌山県那智勝浦町。中でも最も被害の大きい井関、市野々地区を10日に訪れた。被災から1週間が経過してもひっくり返った自動車が放置され、土石流が流れ込んだ家屋も手付かずのまま。まるで津波の後のような光景が広がっていた。「これからどうすればいいのか」。住民の疲労は日ごとに増している。 (喜田義人)

 国道42号から、那智山へ向かう県道にさしかかると途端に渋滞が始まった。那智川が氾濫した井関、市野々地区はこの県道沿いにある。復旧作業を優先するため、通行規制がかかっていた。車を降り、徒歩で移動。避難所の市野々小学校を目指した。

 駐車場から小学校までは約5キロ。土煙が舞う中を歩いていくと陥没した道路、田んぼに転がった自動車、岩と流木に埋まった家屋、泥に埋もれた家財道具を洗う人の姿が目に飛び込んできた。

 小学校も被災していた。1階は30センチ以上泥に埋まり、運動場には水没した学校の備品や車が並んでいた。校舎の2、3階では約30人が避難所生活を送っている。町職員の中尾泰之さん(41)によると、避難所開設は3日午後10時半ごろ。川の流れから判断して、最初から2階に避難するよう指示した。その後、すぐに川が氾濫。「1階は1・5メートル浸水。雷のような音をたて、岩が転がってきた。怖くて誰も眠れなかった」と振り返る。

 学校近辺で泥かきに追われる民家を訪ねた。周囲は押し寄せてきた岩に囲まれ、押しつぶされなかったのが不思議なくらいだった。

 この家の主婦(54)が3日夜、窓をのぞくと堤防を越えた川が波打って迫るのが見えた。88歳の母を支えて、慌てて2階に避難すると10分くらいで1階が浸水。水はすぐ2階に迫ってきた。母を連れ、2階の窓から屋根に脱出。一夜を過ごしたという。

 取材に応じてくれた被災者は一様に「これからどうすればいいか分からない」とこぼした。通行規制をめぐって警官にくってかかる地元の運転者も。先行きの見えない復興に住民の疲労、イライラは限界に近づいていると感じた。

 明るい話題も見つけた。現場には県内外から多くのボランティアが集結。友人宅で泥かきをしていた新宮高校1年生の柿本直志君(16)は「助け合うのは当たり前」と強い日差しが照りつける中、額に汗をにじませていた。

 思わぬ再会もあった。福島県で防災ボランティアに参加した際に出会った千葉県の広田泉さん(42)だ。活動経験が豊富な広田さんは「受け入れ態勢の充実と被災者のニーズ把握が重要。今はとにかく人手がいる」と呼び掛けた。

 復興の行方は町の産業も左右する。取材後に立ち寄った駅前の飲食店は「店の客は大半が那智山への観光客。早期に県道を復旧させないと町が沈む」と不安を募らせた。




ボランティアが全然足りていないのに
県外受付不可ってどういうこと?

ちょっと、その意味がよく分かりませんが

参加したい方は、こちらを参考に。
県外ダメ、個人ダメって書かれているけれど
状況が変わっているかもしれないので下記の連絡先へ問い合わせてみてください。

那智勝浦町ボランティア参加方法

Twitter 那智勝浦町役場公式アカウント


【台風12号】ボランティア車両は無料通行できます
ボランティア車両に対する高速道路無料通行にかかる活動予定確認書について




広田泉さんのブログにボランティア参加方法が記載されています。

■ まだ現地でがんばっているトムさんのブログ

拓さんのブログ「旅商人、拓 世界一周中」

「災害ボランティアinきよす」 ジョナサンさんのブログ

絆ブログ http://ishinomakizuna.net/blog-kizuna/




被災集落でコーヒーサービス 埼玉の男性

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奥会津で活動を共にした拓さんが新聞にのっていました!。

台風12号、被災集落でコーヒーサービス 埼玉の男性
( 2011年9月11日03時51分 産経新聞)

 台風12号による紀伊半島豪雨の被災地、和歌山県那智勝浦町市野々の集落に焙煎コーヒーの香りが漂う。東日本大震災の被災地でボランティアとしてコーヒーサービスを続けていた男性が、今度は和歌山に駆けつけ、被災者に一時の憩いを提供しているのだ。

 レストラン経営の経験がある、さいたま市の横山拓さん(23)。7月、旅先の福島県郡山市で福島第一原発事故から避難してきた人に出会った。「いつ戻れるかわからない不安にあふれていた。少しでも何かできたら」と、トラックに積んでいたコーヒーメーカーを使ってボランティアを始めたという。

 7日に和歌山の台風被害を知った横山さんは、被害の大きかった那智勝浦町へ。市野々小学校にトラックを止め、さっそく無料でコーヒーの提供を始めた。

 「無料です。飲んでいってください!」

 小学校への避難者、泥水で汚れた住宅の片付けをする住民、支援に駆けつけた職員…。ぬくもりのあるコーヒーにいくつもの泥のついた手が伸びる。

 ライフラインも満足に復旧しない被災地では本格コーヒーは贅沢品。「こんなところで本格的なコーヒーが飲めるとは思わなかった。本当にありがとう」。そう話す被災者の曇りがちな表情が、少し晴れるのを見ることにやりがいを感じるという。豆を焙煎する間、被災者の悩みや思いに耳をかたむける日々だ。

 「自分の持ち味を生かしたボランティアをやればいい。僕はコーヒーを飲んで、少しでも幸せになってもらいたいんです」



台風12号:ボランティア駆ける 紀伊半島豪雨、宮城・石巻から和歌山へ
毎日新聞 2011年9月11日 大阪朝刊

 東日本大震災から半年。甚大な津波被害を受けた被災地のボランティアが、台風12号の豪雨で被災した和歌山県で住民への支援活動を始めた。

 台風12号の被害が大きかった和歌山県那智勝浦町の井関地区で、東日本大震災を受けて宮城県石巻市で活動していたボランティアグループ「石巻ボランティアベース絆」のメンバーが新たな拠点を置き、活動を進めている。濁流にのまれた家々での作業では、津波被害の大きかった石巻で学んだノウハウが生きるといい、住民から頼られる存在となっている。

 「絆」は震災直後から石巻に駆けつけた全国のボランティアらが自然に集まってできた。台風の被害状況を聞き、今月5日に開いた石巻での会議で、希望するメンバーが和歌山に行くことを決めた。6日に井関地区の民家の一角を借りて仮事務所とし、現在、約10人が活動している。

 メンバーの横山拓さん(23)=さいたま市=は「石巻にも和歌山から来た仲間が大勢いた。放っておけなかった」と話す。民家に濁流が流れ込んだ井関地区は、津波被害の大きかった石巻と状況が似ているといい、「泥かきなどの経験が生きる」という。

 住民は当初、作業の依頼を遠慮している様子だったが、今では「うちにも手伝いに来て」と次々に声がかかっている。手伝ってもらった野沢れい子さん(56)は「ごちゃごちゃになった家の中を片づける順序を教わりました。経験豊富な人たちが手伝ってくれると本当に心強い」と喜んでいた。【花澤茂人】




では。いってみましょう。
拓さんWORLD。

2011年8月13日 福島県 金山町にて。

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2010/10/3 追記です。

台風被害の和歌山那智勝浦町に、福島から駆けつけコーヒー無償提供
2011.9.28 17:05 産経新聞

 紀伊半島豪雨で大きな被害を受けた和歌山県那智勝浦町の避難所に、軽トラックの荷台でコーヒーを入れて無料で配り続け、被災者にひとときの安らぎを与えている男性がいる。
 さいたま市の横山拓さん(23)は、東日本大震災や7月の新潟・福島豪雨の被災地で同様の活動をしていた。紀伊半島の被害を知り、福島県から一人で車を飛ばし9月7日に那智勝浦町に駆けつけた。
 「どの災害でも家族や自宅を失って大変な思いをしている。そんな状況だからこそ一息ついてほしい」と横山さん。飲食店を経営していた経験を生かして作るコーヒーは、ブラジルやコロンビア産の豆をいって入れる本格派だ。
 「ええにおいやな」「飲ませてもらうわ」。夕方、仕事や自宅の掃除から避難所に戻って来る人たちから次々に声が掛かる。多い時は1日80杯。避難所で暮らす男性も「心に染みるな」と味をかみしめる。

【南三陸へ】6 months since the TSUNAMI hit Japan.

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宮城県南三陸町 死者558人 不明者349人 全壊住宅3148棟 (2011/9/5現在)

2011/3/11 津波の様子。※注 衝撃映像です。


そして、半年後。
南三陸町を訪れてみた。
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‘さとうみproject’で訪れたメンバーと、お祈りを捧げる。
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★IMG_9628

なぎ倒されてそのままになっている津波災害記念碑
花が手向けられていた。
★IMG_7359

廃墟となった建物。
★IMG_7233


中に入ってみると未だ異臭が鼻についた。
★IMG_7228

正直言って、もっと復興は進んでいるかと思った。
実際、目の前で現実を見て、見せ付けられて、虚無感が襲う。
体全身の力が抜けてしまい、しばらく指一本動かせなくなってしまった。
★IMG_7229

でもね、
本当に、ちょっとだけど復興の兆しを見つけることができる。
高く積まれたタイヤの山。

廃車となった車からタイヤだけを分別したものだ。
これも人々の作業の軌跡だ。
★IMG_9588


★IMG_7247

瓦礫の隙間からひまわりが咲いていた。
遠藤未希さんが亡くなったすぐそばで。
とても力強く地域の人たちを見守っているように思えた。

★IMG_9710

今度は和歌山県那智勝浦町。

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「石巻ボランティア支援ベース絆」チームは既に現地入りし、
ボランティアの受け入れ態勢を整えている。

県外からのボランティアは不可、
団体10名以上からじゃないとダメ、

というところからのスタート。

でも大丈夫。絆チームが現地入りしたから。
彼らはきっと、やってくれるに違いない。

猪苗代のHさん、「泥が俺を呼んでいる~」と現地入り。
追って鉄道写真家の 広田泉さんも。

チーム金山、すごいパワーと行動力ですね。

福島・金山町での写真↓
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中央のタケさんは和歌山の方。福島では和歌山・愛知からの参加者がなぜか多かったのです。

拓さんのブログ「旅商人、拓 世界一周中」 に、みんな合流した様子があって、頼もしいなあと思ったよ。

絆ブログ http://ishinomakizuna.net/blog-kizuna/


このスピード感、使命感はすばらしい。
感動的。

まだまだボランティアが足りないみたいなので、みなさまぜひ、ボランティアへ。
絆チームの、組織力のすごさに、きっと感動するはず。

参加したい方は、こちらを参考に。
那智勝浦町ボランティア参加について

Twitter 那智勝浦町役場 @nachikatsuura
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字築地7丁目1番地1
那智勝浦町役場公式アカウントです。当面の間、台風12号関連の情報発信を行ないます。



でもね、やっぱりこれは
国がなんとかしないと。

ボランティアは本当に無給そして交通費なども自腹でやってるのです。
行政はもっと動いてほしい。
彼らを、見習ってほしい。



熊野新聞
東北からもボランティア 全国に支援の輪広がる那智勝浦町

 台風12号に伴い設置された熊野地域各地の災害ボランティアセンターに、地元や近隣地域をはじめ、県外からも協力の申し出が増えている。那智勝浦町には、東日本大震災で被災した東北地方からの申し出も寄せられており、全国に支援の輪が拡大しつつある。

 宮城県石巻市に拠点を置く「石巻ボランティア支援ベース絆」からは、8日までに約10人が熊野地域入り。「絆」は、阪神大震災以降、各地の災害救援活動でつながった全国のボランティアの仲間たちによるネットワークで、豊富な経験を、今回の災害にも生かそうと駆け付けている。

 「絆」のメンバーで整体師の津田啓史さん(50)=和歌山市=は、先遣隊として6日夜に那智勝浦町に入った一人。同町ボランティアセンターは、まだ県外からの受付体制を整備中のため、津田さんらは、知り合いを通じて井関地区の支援を行い、すでに県外者の受け入れをしている古座川町に向かうなどした。

 津田さんによると、東日本大震災や7月の新潟・福島豪雨災害の被災地からも、支援物資や資材の提供、ボランティアに行きたいとの声が続々と届いており、「日本中に(台風の被災地を)助けたいと思っている人がたくさんいる。地元の皆さんと一緒になって、少しでも復旧のお役に立ちたい」と話している。

 沖縄県出身で、東北各地で震災復興などのボランティアを続けてきた前原土武さん(33)は、ボランティアセンター運営のサポートにも意欲を見せる。「ボランティアに繰り返し来たいと思うリピーターを増やすことで、ボランティアのレベルも上がり、活動もスムーズになる」と語る。

 「がれきの撤去」ではなく、被災者の「思い出探し」と捉えるなど、ボランティアの意識を変える考え方、機材の効率的な使い方など、豊富な経験を生かしたアドバイスで、ボランティアの力を底上げしようとしている。




紀伊半島豪雨1週間、生活復旧道半ば 電話なお不通
2011/9/9 23:45 日経新聞

 台風12号による記録的豪雨の被害発生から9日で1週間。土砂災害が相次いだ奈良、和歌山両県の被災地では水道や電話などのライフラインが依然として復旧していない地域があり、住民の生活を苦しめている。「土砂ダム」決壊の恐れから避難指示は継続中で、住民らは「いつになったら安心して暮らせるのか」と不安と緊張の中での暮らしを余儀なくされている。

 約3100戸が断水している和歌山県那智勝浦町。被害の大きかった同町市野々地区では浄水池に流れ込んだ土砂の片付けが進まず、復旧のメドは立っていない。同地区では9日、住民らが下水を流す側溝の土砂をスコップでかき出していた。知人の手伝いに来た同県田辺市の谷口清さん(61)は「側溝の土砂をすべて取り除くのは個人では限界があり、行政の支援が必要では」と訴える。

 住民が最も困っているのはトイレの問題。「全面復旧は相当先になるのでは」と自営業の米川幸宏さん(39)は自宅の横に仮設トイレを設置。ある住民女性(63)は「トイレのたびに車で15分かかる避難所に行かなければならない」とこぼす。

 同町では多くの世帯で固定電話が不通で、携帯電話が使えない地区も。同町井関地区で一人暮らしの下路ナルエさん(85)宅は床上浸水し携帯電話も壊れた。「天気予報も分からず、防災無線と地区長さんが教えてくれる情報だけが頼り」。

 家屋への被害を受けた住民の避難生活が続く和歌山県や奈良県では、各自治体が仮設住宅の建設の検討を始めている。

 和歌山県は被害の大きい新宮市や那智勝浦町などで2千戸以上分の敷地を確認。奈良県五條市も9日、土砂ダム決壊などに備えて避難中の住民約50人に仮設住宅建設について説明した。避難所にいる男性は「もう住むところがない。早く仮設に入りたい」と話す。

 そのほかの各自治体も住民の希望を聞き、建設場所や戸数を決める方針だが、依然多くの道路が寸断され、建設用地が確保できるかなど課題もあり、曲折も予想される。

 一方、国土交通省近畿地方整備局や両県は9日も引き続き、崩れた土砂が川をせき止めた土砂ダムの決壊を警戒。土砂ダムは12カ所で確認され、うち決壊の恐れがある奈良県五條市大塔町赤谷など4カ所で水位や状況の監視を続けている。


石巻ボランティア「絆」が、紀伊半島南部へ

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福島豪雨の金山町で一緒に活動した拓さん達が既に紀伊半島へ向かっているというのを聞いて
超、感動した。

絆・公式ブログ
http://ishinomakizuna.net/blog-kizuna/?p=1002



「石巻ボランティア支援ベース絆」が台風12号の傷跡深い、紀伊半島南部へ
チャリティーニュース 2011/9/7


「石巻ボランティア支援ベース絆」の仲間たちが、今回の台風12号で大きな被害にあった紀伊半島南部地域に支援の手を差し伸べ始めている。

東北大震災以来、和歌山県から多くの仲間が駆けつけてくれたこともあり、絆ベースに集まっていたメンバーで今後、台風12号の被害地域へどのような支援をするべきか何度も何度も話し合ったそうだ。そして次々と絆のメンバーは和歌山入りしている。


「石巻ボランティア支援ベース絆」とは?
日本全国にネットワークを持つ団体や個人の集まりだ。震災直後から東北入りしていた、過去の災害地でも行動を共にした仲間が石巻市に集結し、石巻市南境にある集会所を借り、一つ屋根の下で各団体、各個人の活動をスタートした。大きな組織的なボランティア団体と違い、柔軟な対応が、すばやく臨機応変にできるというメリットがあるという。

5日には、既に和歌山県古座川町に入っている絆のメンバーは公民館で地図などを準備中だそうだ。悲しく苦しい体験をした被災地で心の絆が結ばれて行く。

団体情報
団体名 石巻ボランティア支援ベース絆
代表 吉村誠司
住所 986-0031 宮城県石巻市南境鶴巻3
連絡先 電話 : 080-3303-7820 

石巻ボランティア支援ベース絆・公式サイトより






その他記事

災害ボランティアセンター設置 古座川町
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=217061





【南三陸へ】東北で笑顔をGET

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またまた、東北で笑顔をGET。

「さとうみプロジェクト」のボランティアチームに
飛び入り参加させてもらいました。

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TAMRON 18-270mm(B008)(219mm 1/400 F5.38 ISO640)

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【福島・会津】うれしいお便り。

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金山町でお世話になったSさんより
メールが来ました。

本当に、うれしいです。
ご自宅や地域が被災しているのにもかかわらず
私たちボランティアのために一生懸命
気を配ってくださった方です。

私たちは ここの’オアシス’に行くのが、楽しみでした♪
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Sさん、ありがとうございました。
また、遊びにいきますね。

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先日はボランティア作業で大変お世話になりました。
おかげ様で大工さんの手配も済み、9月から工事に入り、
雪が降り始めるの11月までには
家屋も元に戻れる目処がついて参りました。
これも偏にボランティアの皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

中略~

ボランティアに来て頂いた皆さんは本当にすばらしい方ばかりで、
本当にお会いできてうれしかったです。
私の一方的な思いかも知れませんが、昔からの友達のような、
兄弟だったような本当に親しみのある感じでいました。

今回の事でこんなにも人の心の温かみを感じたことはありません。
本当に本当にありがとうございました。

また、ぜひ美しくよみがえった金山町に遊びに来てください。いつでも歓迎しますね。

これからも写真とことばの力を大切にご活躍ください。応援しています。



※家族も金山町の皆さんも(しいれい)さんの写真に勇気つけられ、
また心温まりました。
本当にうれしかったし、美しく生き生きとしたいい写真ですね。

 私も家族も災害を受けながらも皆さんのおかげで楽しい日々でした。 
ほんとうにありがとう。
広田さんにも沢山お世話になりました。ありがとうございました。

 鉄道ファンにこんなにも愛されている只見線も復活させたいですね。




地元の人が誇る只見線。
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TAMRON 18-270mm(B008)

今は、静かに動き出すときを待っている。
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只見線が復活し、川の水も澄んだころ、
きっときっと遊びにいきますね。

その時は、炭酸温泉に入るんだ♪
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撮り鉄ムーブメント

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「夢は・・・呼びかけたら撮り鉄がボランティア組織として集結すること」

広田泉氏のことばです。

只見線の橋が決壊し、金山町のボランティアの呼びかけをするも
なかなか人数が集まらない。

会津豪雨の被害状況
佐久間建設工業さんホームページ
◎只見川大洪水の記録2011



只見線の本来の姿。




こんなにひどい状況なのにTVで報道されないから
みんな、知らないんです。


でも・・・じわじわと広がってきて。。。


中学生の子が、たった一人でボランティアに来たというのです。
しかも、電車が不通だから、ヒッチハイクをして。
立派だなあと思いました。



そして今日。

「金山に123帽子を被った人がいっぱい来た。」

そうなんです。


123(いずみ)帽子
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TAMRON 18-270mm(B008)

この123帽子も、チャリティー品。
製作代をのぞいた部分が寄付にまわります。
イベント限定販売だそうです。



少しずつ、動いているのかもしれません。

撮り鉄、ムーブメント。






貴方の一冊が、鉄道の枕木一本に。
Just Starting with YOU・・・
alt="広田泉『ここから始まる。』"

【福島・会津】私のミッション

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広田泉氏の、写真集「ここから、はじまる。」
ずっとこの写真集の存在が気になっていた。
どうしてこんな写真が撮れるのだろう。
ブログによると、広田氏はこうやって撮ったという。

写真家の欲というか、被写体に対する「撮りたい」という思い。
それとどう向き合い、折り合いをつけたのか。

この目で見てみたい。
そう思った。

正直、福島へ行くのは怖かった。
自分なりに放射能の恐怖を勉強してきたし
現地では土砂の撤去作業だから、それなりの放射能を浴びることになるということも分かっていた。

でもそれ以上に、あの写真集がどうやって撮られたのかを
自分の目で見てみたいという好奇心が勝ってしまった。



放射能が怖いと言って、ボランティアの一つもできない自分。
そんな自分自身にイラついていた。
なんだか分からないけど、自分の生き方を問われているような気がしてどうしようもなかったのだ。
自分の根性をたたき直してこようと思った。


これは後日知ったこと。
※福島県 只見町・金山町の放射線量はそれほど高くない。
福島原発から西に160キロ。(福島-千葉にほぼ等しい)
標高2000m級の山々が連なる奥羽山脈が立ちはだかる。
1時間あたりの放射線量は0.08~0.16μシーベルト。





急遽、福島行きが決まった。


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現地へ行ってみて・・・・。

本当に、自分の中の何かが入れ替わるくらいの日々だった。

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最終日の出来事。
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活動終了の16:00が過ぎて、体を洗っているとき。

別のチームがまだ作業しているのを見た広田氏は
「手伝いましょうか」
と声を掛けた。

「うそでしょ?」と思った。

汗まみれ、泥まみれの活動がやっと終わってほっとしている時に。
本当にクタクタの状況だったのに。
その行動に、泣けた。

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別々だったチームが、合流する。

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みんな泥まみれで、すごく汚かったけど、
そこには至る所に人のやさしさや、笑いが転がっていて
本当にステキな光景だった。

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広田氏がカメラを取り出したのは、
全ての活動が終わってボランティアセンターを離れてから。

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本当に、こうしてあの写真集ができたんだなって、
思い知った。

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TAMRON 18-270mm(B008) (35mm 1/1250 F4.5 ISO1250)

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本当に撮影そっちのけで、支援作業をしていたのですね。

広田泉という写真家の生き様を見せつけられた気がした。





鉄道復興支援 写真集『ここから始まる。』広田 泉

三陸鐵道とひたちなか海浜鉄道の復興支援のために
印刷代、送料などの経費を除いた収益部分を全て(!)が寄付される。
(一部ではなく、全てです!)

寄付金1000万円 目標だって!
2011/7/23 神奈川新聞 記事 より


三陸鉄道の場合、不通区間の復旧費は約180億円。
現行制度では、復旧費の国の補助率は4分の一のみ。

貴方の一冊が、鉄道の枕木一本に。
Just Starting with YOU・・・
alt="広田泉『ここから始まる。』"




※ 8/18に、広田氏は再度ボランティアで現地入りする予定だとのことです。

【福島・会津】ポートレイト編

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トムさん。
沖縄から被災地ボランティアのためにバックパックと米を担いで来たのだという。
石巻のボランティア統括体制を整えた後、金山町の復興に力を尽くしている。
トム吉のブログ
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金山町名物「きなこ氷」
(名物って、みんなで決めた)
これがね、超サイコーなのですよ。
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旅商人 拓さん
まだ泥が残る地べたに座って地元のお父さんの声に
必死に耳を傾けている拓さんの姿が、目に焼きついている。
「泥だしだけがボランティアじゃない。
地元の人の話を聞くのも支援になる」
という大切さを、目の前で見た気がした。
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なんなんだ、この遊び心満載の車は。
ブログはこちら。『旅商人、拓 世界一周中』
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「本当はきれいな所なんだよ~。また遊びにおいで」
金山町を誇りに思っている気持ちが伝わる。
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お手伝いしたお家のお母さん。
私たち女性は、お家の泥まみれの品々を水で洗い流す作業を。
その間中、「横浜から来てくれたの~。ほんっとありがたいことだ~」
って何十回も言ってくれた。

「お母さん、泣いた?」
って聞いたら、「スズメが泥で持っていかれたときはかわいそうで泣いたけど
あとは、あっけらかん」だって。
大丈夫。きっと、復興できる。お母さんの明るさに確信した。
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通称"オアシス"にて。何もかもおいしかった♪
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差し入れありがとう!地元の人たちとのふれあいが、超楽しい。
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「落ち着いたら泊まりにおいで。ここの人はみんな人情厚いから」
その言葉がうれしかった。
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ニセ わさお。
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横浜の中学校先生も。
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キャンプ場で語った さとさん。
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早くもリピーター決定のリーダー格。広田泉さん
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その広田さんの呼びかけで駆けつけた おーちゃん。
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「広田さんではないですか?こんな所で有名人に会えるとは!」
駐車場にて。鉄道フォトライター 高橋政士さん
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奈良から来たという高校生。
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猪苗代で山ガイドをしている夫婦。
あちきの猪苗代日記
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みんなみんな、最高の笑顔。

被災地で、「楽しかった」っていうのは、不謹慎かしら。

でも、それ以外の言葉が見つからない。

思い出す全ての場面に、人間味あるれる温かさにあふれていた。

そんなの体験できるのって、これしかない。

セレブツアーでは味わえない醍醐味があると思った。

【福島・会津】ボランティアのススメ。

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7月末に発生した豪雨により、福島県只見町 金山町がすごいことになっています。
福島県只見町 金山町災害ボランティアニュース
でもテレビでは報道されないのね~

これは人災だから、大っぴらに報道されないってこと?
でもこの中で死者が一人も出なかったというのは、
不幸中の幸い。
町が、しっかりと災害体制をとっていたからなのでしょうか。

会津豪雨の被害状況(写真)について~佐久間建設工業さんホームページのリンク~

◎只見川大洪水の記録2011

これを見ると、いかに凄まじかったかがわかります。

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いつもはエメラルドグリーンに輝く川もこの通り。
列車は、走っていない。
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今回驚いたのはサポート体制。何でも揃ってます!
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ピースボートの団体ボランティア。
作業前に、アンパンマンマーチ合唱!
その歌詞にうるうるした人 発生。

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アンパンマンのマーチが何故、被災地でハートにしみるのか。
ヒントはここに?
アンパンマンの歌詞が異様に深い

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さて。初めての被災地ボランティア。

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初日はものすごい被害状況を目のあたりにして精神的ショックと
あまりの暑さ・作業労働のキツさに、この私が食欲なく食べられなかったよ。

翌日からは思いっきり食べてたけど(笑)

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水路が土砂で埋もれたのでかき出す作業。
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土砂は家屋の2階まで達した。
家中を水で流す。
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ただものではないオーラを感じた。
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農具は、土砂まみれ。一つ一つ、手洗いしました。
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お盆前になんとかお墓をきれいにしたい。
その思いがつのる。
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ボランティアを組織的に統括されていて、動きやすい!この体制には脱帽しました。
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玉梨温泉 恵比寿館のお弁当。朝注文して届けてくれました。格安の500円なり。
宿泊もボランティア価格(1泊2食6500円くらい)で提供してくれてるみたい。
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来ちゃえばなんとかなります。

東北道路の無料開放 制度あり。

作業後は、温泉が無料開放。

体制がしっかりしているので、ボランティア初心者には適している場所だと思います。

あなたも行きたくなった?
私もリピートしたくなったよ。
めっちゃ、いいところだった~

H23.7月新潟・福島豪雨で被害を受けた福島県金山町の災害ボランティアセンター

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